マルシェの歴史と、ちょっと面白い共通点
なぜ、いま「マルシェの歴史」を書くのか
大和マルシェを続けていると、ときどき聞かれます。
「このイベント、何を目指しているんですか?」
「普通のマルシェと、何が違うんですか?」
正直なところ、明確な正解があるわけではありません。
ただひとつ言えるのは、私たちは“売る場”だけを作ろうとしているわけではない、ということです。
その感覚を言葉にするために、
少しだけ視点を引いて、マルシェがどこから来たのかを振り返ってみたいと思いました。
マルシェのはじまりは「生活の必要」だった
「マルシェ(marché)」はフランス語で「市場」。
起源は中世ヨーロッパ、11〜13世紀(約700〜1,000年前)ごろとされています。
農民や職人が余った作物や製品を持ち寄り、
定期的に集まって交換や売買を行っていました。
当時のマルシェは、
- 生活必需品の売買
- 情報交換
- 人と人が顔を合わせる場
モノ・情報・感情が同時に流れる場所でした。
マルシェが立つところに人が集まり、
やがて街ができ、都市が育っていきます。
近代化で、マルシェは一度姿を消す
産業革命以降、社会は効率とスピードを優先するようになります。
- 大量生産
- スーパーマーケット
- ショッピングモール
便利さの前で、マルシェは「非効率な存在」になりました。
この時代、マルシェは
役目を終えた文化のように見えたかもしれません。
それでも、マルシェは戻ってきた
1990年代以降、世界各地でマルシェが見直されます。
理由はとてもシンプルです。
- 誰が作ったかわかる
- 直接話せる
- 空気ごと体験できる
現代のマルシェは、
**「モノを買う場所」から「価値観を共有する場所」**へと姿を変えました。
日本でも、朝市や縁日といった文化の延長線上に、
今のマルシェがあります。
大和マルシェが大切にしていること
大和マルシェが目指しているのは、
- 三世代が交わる場
- 誰でも出店できる参加のしやすさ
- 地域に根ざしたエコ活動
- 大和の魅力を伝えること
そんな少しだけ居心地のいい時間です。
売上は大切です。
でも、売上だけを目的にすると、マルシェは長く続きません。
昔と今をつなぐ、マルシェのトリビア
ここからは少し視点を変えて。
マルシェを「イベント」ではなく「仕組み」として見てみると、
昔と今で驚くほど変わっていない点がいくつもあります。
① 昔も今も、一番流通していたのは「モノ」じゃない
中世のマルシェで、
実は一番価値があったのは噂話や情報でした。
- 王や領主の動き
- 戦争の行方
- 誰が結婚した、引っ越した
人は、必ずしも何かを買うためだけに来ていたわけではありません。
情報を仕入れるために、マルシェに来ていたのです。
これは、今のマルシェでも本質的には同じです。
- あの店、よかった
- あの人、面白かった
- 子どもが楽しそうだった
SNSで拡散されるのは、
商品のスペックより体験と感情。
今も昔も、
**一番よく売れているのは「情報+感情」**です。
② 「場所代」は、昔から政治的だった
中世のマルシェは、
どこでも開けたわけではありません。
- 教会の前
- 城門の近く
- 街道の分岐点
つまり、権力と人流が交差する場所。
現代でもこれはほぼ同じです。
- 駅前
- 公園
- 大型住宅地の中心
「雰囲気がいいから」ではなく、
人が自然に交差する場所が選ばれ、残っていきます。
マルシェの立地は、
昔からずっと人の流れと結びついた話です。
③ マルシェは、街の「治安の温度計」だった
中世では、
- マルシェが荒れる
- 市が立たなくなる
これは、
街の経済や治安が崩れ始めているサインでした。
今も、同じ空気があります。
- 子どもが自由に走り回っているか
- 高齢者が長く立ち止まれるか
警備員の数ではなく、
滞在時間と振る舞いが、その場の安全性を示します。
マルシェは昔から、
地域の状態を映す「可視化装置」でした。
④ 実は昔のマルシェも「生活に根ざした出店」が中心だった
中世のマルシェの出店者は、
- 農民
- 副業として手仕事を行う職人
- 家内制手工業の人たち
いわゆる専業の商人は、むしろ少数派でした。
これは、今のマルシェとも非常によく似ています。
- 平日は別の仕事を持ち
- 週末に出店し
- 小さな工房や自宅で制作する
生活の延長線上にあるからこそ、
そこには余白が生まれ、自然と会話が始まります。
この構造は、ほぼ千年前から変わっていません。
⑤ 「雨の日マルシェ」は、昔から記憶に残る
中世でも、雨の日は来場者が減りました。
ただし、
- 来た人は本気
- 人同士の距離が近い
- 会話が増える
これは今も同じです。
雨の日のマルシェは、
- 写真は映えない
- 売上は伸びにくい
でも、
人の記憶には残りやすい。
晴天は拡散向き、
雨天は関係構築向き。
⑥ マルシェは、昔から「小さな社会」だった
中世のマルシェは、
ただの商いの場ではなく、
人が集まることで生まれる小さな社会でもありました。
そこでは自然と、
- ルールが必要になり
- 行き違いが起こり
- 調整や判断が求められる
そうしたことが、日常的に発生していました。
現代のマルシェも、構造はほとんど同じです。
- 出店ルールを整える
- 立場の違う人同士をつなぐ
- 小さな違和感を放置しない
目立つ仕事ではありませんが、
人が安心して集まる場には、必ず誰かの調整があります。
マルシェは昔から、
「人が集まると何が起きるか」を
実地で教えてくれる場所だったのかもしれません。
ある意味で、政治や自治の練習みたいな役割を担ってきました。
⑦ 一番変わっていないこと
昔も今も、マルシェの核心はここです。
「ここに居ていい」と感じられるかどうか
売上が立たなくても
完璧でなくても
排除されない空気がある。
これが失われた瞬間、
それはもうマルシェではなく、ただの催事です。
マルシェは「ここに居ていい」と言ってくれる場所
昔も今も、マルシェの本質は変わっていません。
ここに居ていい
話していい
立ち止まっていい
大和マルシェが続いていくとしたら、
それは立派だからでも、完璧だからでもなく、
この場所にいることが心地いいからだと思います。
そんな空気を、これからも大切にしていきたい。
その思いを込めて、この記事を書きました。
(文:広報 坂口)